見透かされる

1本目に引き続き、2本目の校正をMに頼んだところ、すぐにやってくれて、コメントも色々してくれた。1937年から40年の間、韓国の小中学生(といっても歳は様々)が行った学校ストライキの記録の分析をしたんだけど、トピックを適当に選んだ割には、

「おもしろい!」

という反応だった。しかしながら、最後の分析が「いつものSuper Sayakaのシャープさと深みがない」って指摘を受け、かなり疲れていたのであまり練らなかったことを見透かされてしまった。今までずーっと私のペーパーを何本も直してきたM。さすがだ。

さすがに院に長くいると、出版する可能性のないものには、いくら授業とはいえあまり労力を使いたくなくなる。そんでもって今回は一本目を「出版トライ用」と決めて書いたので、2本目は無難にさっさと、というつもりで書いたところ、意外に史料の奥が深く面白いことになってしまった、という感じ。史料の面白さを十分に活かすほどのスキルがまだない、というのもホント。もう少し理論と視点を整理してから、また「分析」のところに戻ってこよう。そしたら出版トライ用にまわせるかも。

ところで、最後のペーパーに関してはかなりやる気ないので、過去に書いたものをチョコチョコと切り貼りしながら、なんとか筋をたてている。去年の今頃書いたペーパーの一部が使えるかもっと思って読み返したところ...

What a bad writing...

と自分の表現の下手さ加減に赤面する。一応Aとったペーパーなんだけどなー。道理で出版まで行かなかった訳だ。赤面の一方、少しはいい文章って何かということが分かってきたということで、図々しくもこれを出版しようとした羞恥は忘れよう。