意外に

ここのところ引き続き色んな人に会っている。昨日はサイセット族のエライ人に会ってきた。日本統治時代初期に総頭目だった人の孫。山の中に住んでいて、さらに山の天辺まで連れていってもらった(そして車酔い)。原住民の頭目に会うっていうと、「未開」な感じを想像するかもしれないけど、この人は農業学校の校長をしていたインテリで、家もエレベーター付きのアメリカ式で、ふっつーに話している限り他の台湾人と見分けがつかない。でもお爺さんは勇敢な戦士で数百人の人を殺してきたとか、山の半分は自分の所有だとか、日本語を含めて4つくらい言葉話すとか、そういうのを聞くと、なるほどね、という感じ。そして彼のお父さんは1930年代以来警察官且つ教師で、死ぬ前に色々日本語で書き残したというのでそれを見せてもらった。


まあ詳しいことは論文で書くことにして。
最近色んな地元の識者、つまりその地方の歴史研究を趣味でやっているような人に話をよく聞くのだけれど。。。それぞれアマチュアな感じでやっているので、意外にお互い牽制しあっていることに気づいた。「Aさんの書く物はあまり信用しないほうがいい」とか「BさんはKMTよりだからあまり真にとらないほうがいい」とか。なんか、資料としてどれくらい使っていいのかちょっと分からなくなってきた。小さな村だから30年代、40年代の村のお金持ちなんか皆個人的に覚えていて、エピソードとか面白いんだけど。ふむ。